みちのくの小京都と呼ばれる仙北市角館の中心部から北へ徒歩約20分。町を抜け、田んぼが増えてきたころに藤枝知惠子さんが営む農家民宿「蓭(いおり)」がある。蓭とは草木でできた仮の宿という意味である。古民家を改修して造られた重厚感のある建物だ。知惠子さんは生まれてからずっと角館で暮らしてきた方で、町の移り変わりを実際に見てきている。宿泊中角館や秋田についての話をたくさん聞くことができるだろう。
落ち着いた会話の中にところどころ隙間を狙って入れてくるユーモアのセンスも抜群の藤枝さん
宿につくと秋田犬が元気よく迎えてくれ、その迫力に少したじろいでしまった。こまちという名前のメスで、生後約3カ月の頃に蓭にやってきて、現在は3才だという。元気が良く、食欲旺盛なこまちに会いに行くだけでも蓭に宿泊する価値はあるだろう。秋田犬といえば、渋谷の忠犬ハチ公でも有名な、今や海外でも人気抜群の犬種。犬好きにはたまらない宿だ。
可愛い見た目と裏腹に非常に活発で好奇心旺盛なこまち
知惠子さんの案内で宿の中に入ると、そこはおしゃれで清潔感のある空間。暖かい色のライトに照らされた中に、木のもとの姿を生かした大きなテーブルが置いてある。シンプルで余計なものは置いていないことで、大きな木のテーブルが際立っていた。控えめな知惠子さんは「何も出せなくて…」と言いつつも、お餅とミカン、リンゴまで出してくださり、手厚くもてなしてくださった。そのおいしさはもちろんだが、私は素敵な食器が印象に残った。角館の樺細工のお皿など、どの食器もかわいいデザインで食卓を彩ってくれる。
余計な物を置かず、シンプルな内装に藤枝さんのこだわりを感じる
蓭は小物ひとつにも工夫がたくさんある
知惠子さんのもとには農家民宿の開業前から仙台や岩手、北海道の中学生が教育旅行として泊まりに来ているそうだ。知惠子さんは米や小麦を育てているのに加えて、ハウスで春は仏花、冬はほうれん草を育てているので、中学生たちは農家体験をすることができる。暑いハウスの中で泥だらけになりながらも、楽しそうに手伝ってくれる姿に知惠子さんも元気をもらっているそうだ。宿周辺の散歩やサイクリングをするなど、中学生が充実した楽しい時間を蓭で過ごせているということが、知惠子さんとの会話からよく伝わってきた。
蓭の外観。ハウスや田んぼ、小麦などできる農業体験はたくさんありそうだ
知惠子さんの原動力となっているのはそれだけではない。約20年前にヨーロッパの農村に視察旅行に行き、イギリス、スイス、ドイツ、オランダの4か国を回ったそうだ。スイスでは花の近代的な栽培、ドイツでは収穫祭など、同業者の活躍ぶりに刺激を受けたという。特にドイツの農村では、バカンス中のとある家族がゆっくり散歩している姿を見て、日本でも将来グリーンツーリズムが流行るのではと考えたそうだ。それがもとになり、以前から受け入れていた教育旅行の経験を生かして、農家民宿を本格的に開業してみようという気持ちになったという。
ヨーロッパで刺激を受け、アレンジはあくまで和風に徹し、落ち着いた雰囲気を作っている
日本では農家という職業はあまり人目につかず、裏方というイメージがある。しかし、ヨーロッパの農家さんたちが自分の仕事に誇りをもって取り組んでいる姿を見て、知惠子さんは農家も立派で誇ることのできる職業だと自信がついたそうだ。以前は一人で黙々と農作業をする毎日だったが、視察旅行以来、出歩くことも多くなったという。子どもたちが農家体験に来るときも、農家という仕事に誇りをもって接することができていると話していた。
女性に活躍の場があるということも、農家民宿を続ける上での自信になっているそうだ。
毎日の食事でお世話になっているが、普段関わることはあまりないのが農家さん。そんな農家さんの暮らしぶりを垣間見ることができるのは農家民宿の大きな魅力だ。まさに強い思いをもって農業に取り組んでいたのが農家民宿「蓭」の知惠子さんであった。
コラム:岡田真一、稲川拓実(国際教養大学)
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