仙北市神代地区、豊かに広がる田んぼの真ん中には農家民宿ふる里がある。家の壁には行書体で『ふる里』と書かれた木の看板がかかっている。近くのビニールハウスにはソラマメの苗がたくさん植えてあった。他にも、お米や大根、しそ、さつまいもなどたくさんの野菜を栽培するそうだが、ソラマメと枝豆は特に自慢だという。まだ食べたことはないが、絶対に食べたい。通してもらった部屋は畳間で、雛祭りが近いということもあり、ちょうどお雛様が飾ってあった。私の実家ではお雛様を飾る習慣がないので、こぢんまりとして可愛らしい人形たちはとても特別に感じた。
昔ながらのお雛さん
生徒達の間では「プリティパピー」で親しまれている喜幸さん
話の盛り上げ方が達人級に上手なレイ子さん
子どもの笑い声が好きだという川井さん。そのせいもあってか、平成五年に和光中学校の修学旅行生を受け入れ始めてから、今までにたくさんの小中学生を迎え入れている。驚くことに、一度来た子どもの顔は覚えているという。時にはイヤイヤ泊まりにくる子や、農業体験がうまくできない子もいるらしい。私も実際秋田に来るまでは、田舎に旅行することや住むことに抵抗感があったので気持ちはわかる。それでも川井さんの数々の工夫により、子ども達は都会では感じられない新たな発見や田舎ならではの安らぎを体験し、楽しい時間を過ごすようだ。集中力の散漫になりがちな子ども達も様々な体験をメリハリつけてこなしていけるのは、やはり川井さんの細やかな心遣いがあってこそ。
生徒が作ったポスターも大事に取ってある
特別な思い出は写真で飾っている。
私がふる里に行ったときには皆で手を繋いで雪の中を歩いてみようと言うことになった。私は北海道出身なので雪の中を歩くことは特別なことではなかったが、みんなで手を繋いで一緒の歩幅で歩くということが思った以上にほっこりする体験でとても楽しかった。雪を踏むときのサクサク感など、ただの日常の一部になってしまう小さな楽しみを忘れない素敵なおばあちゃんだと感じた。
今年は暖冬だと言われているが、それでも雪一面覆われているふる里の畑
うっすらだが、手前に動物が歩いた足跡もあって自然と一緒に歩いている感覚だった
「今しか見られないものを見せてあげたい。」そう語る川井さんは農業体験に加え、日常生活そのものに学びを組み込んでいる。それらをまとめて言うなれば『おばあちゃんの知恵袋』である。川井さんは農業体験では収穫や苗植えの際の説明をかかさないという。野菜の詳細や、農業の大切さなどを伝えることで、収穫から調理までの過程を教える。子どもにとっても大人にとっても素晴らしい食育である。外のビニールハウスで一つ一つの豆の種類を丁寧に説明してくださる川井さんの姿から、大事に野菜を育てていることがひしひしと伝わってきた。これまで農業が遠い存在だと思ってきた私であったが、「農業体験って面白そう。是非収穫のお手伝いをしてみたい。」と感じたほど野菜への愛情が伝わってきた。
そら豆の苗。沢山の失敗を乗り越えてきたからこそ、人一倍農業に対する想いが強い
ふる里では「父の日」に合わせてそら豆の出荷をするそうだ
また、伝統的マナーなどにも目を向けて積極的に伝えてくれることはふる里の魅力の一つだろう。畳部屋よりフローリングを好む現代では、畳部屋のマナーやお膳で出されたご飯を食べることも田舎ならではの学びであるといえる。一見古臭いと考えがちな古風なマナーや習慣だが、世界的に見てみれば誇るべき立派な日本の伝統文化。川井さんご夫妻は日常の端々に学びの機会を見つけ、子ども達と接する素晴らしい教育者だと感じた。
中学生でも大学生でも変わらず農業の大切さを伝える川井さん
長年仙北市で暮らしてきた川井さんにはおすすめの場所がたくさんあり、宿泊客の方々に仙北市や秋田を満喫してほしいという。一緒に食べる夕食での会話などからお客さんの好みや目的を知り、案内することもあるそうだ。どのような順番で回れば混まない時間帯に行けるかなど、お得な情報をたくさん手に入れることができる。たまには農業体験や日常作法から観光スポットまで知り尽くす旅もいいかもしれない。きっと充実した学びの多い旅になることだろう。
コラム:長崎青空、岡田真一、稲川拓実(国際教養大学)
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ハートマークで記念写真を撮ろうと言ってきたのはまさかのレイ子さん