仙北市の田沢湖駅から車で10分の場所に民宿惣之助(そうのすけ)はある。父親の代から営んでいた民宿を受け継ぎ、現在は千葉惣永(そうえい)さんと志保子(しほこ)さんの夫婦2人で経営している。リビングには大小さまざまな大きさのこけしや絵画、惣永さんのコレクションが所狭しと並んでいた。一方で、宿泊用の部屋は和を基調とした旅館のようなデザインになっており、ゆったりとくつろげるプライベートな空間が確保されていた。惣之助にはお風呂があるが、要望があるときは惣永さんが近くの温泉に連れて行ってくれて、一緒に入ったりしている。特に外国人のお客さんに対しては惣永さん自ら温泉に連れ出し、共に温泉につかるという、国を超えた裸の付き合いもしているそうだ。
所狭しと飾ってある置物
和を基調とした寝室
残念ながら今回の取材では志保子さんがご不在だったため、主に惣永さんについて紹介していく。志保子さんに関して、惣永さん曰く、自家栽培の新鮮野菜を使った秋田の郷土料理が得意だそうだ。特にお米を使ったフルーツのあさづけは絶品だという。あさづけとは秋田の郷土料理の一つで、祝い事に出されるお米と野菜や果物を使ったヨーグルトのような見た目をした酢の物である。食事の際は是非食べてほしい。今回の取材を通して最も印象深かったのは、惣永さんの好奇心旺盛さである。御年73歳になる惣永さんという人物の底のみえなさ、飽くなき探究心には終始驚かされた。スーパーおじいちゃんである。今回はそんな惣永さんについて驚いたことを3つほど紹介したい。
趣味の話をするときは常にこどものように目を輝かせる惣永さん
1つ目は農業に対するプライドである。惣永さんは自身の所有する山の湧水を引いて農業用水として利用している。水の品質は保障されており、その水で栽培される野菜の美味しさを私が想像し、ここに記すことはもはや無礼に感じるため控えさせていただく。ぜひあなたが実際に食べ、評価してほしい。また、惣永さんは民宿のほかに息子さんと協力して稲作やキャベツ、ナス、枝豆などの野菜の栽培のほか、他の民宿ではあまり見かけないキノコの植菌やブルーベリーの栽培も行なっている。特にブルーベリーの木は6種類の木が300本も植えられており、味へのこだわりは折り紙付きである。こうした様々な作物を栽培しているので、それぞれの時期に合わせた農作業体験が可能だ。体験を通じて惣永さんの農業へのこだわりを実際に知ってほしい。
やみつきになるタイプのいぶりがっこ
2つ目は遊びに対するやる気とバラエティーの豊かさである。私が訪れた時は雪で覆われた庭の中に人が5人ほど入れるであろう大きさの製作途中のかまくらが置かれていた。私はそのサイズのかまくらは男性複数人で行うものだと思っていたため、惣永さんが1人で製作していると聞いたとき、その体力に驚いた。家の中では草を丁寧に編み込んで作られた、美しさすら感じるバッタやカタツムリなどの作品が置かれていた。また、夏には惣之助付近の自然観察や近くの川に遊びに行ったりもするという。田舎でないとできないような遊びや新しい発見があるに違いない。ぜひ惣永さんに楽しい遊びのレパートリーを尋ねて見てほしい。
もはやアートと化している草遊び
3つ目は趣味への情熱である。もはや惣之助は惣永さんによって作られた1つの史料館といっても過言ではない。惣之助は実は民宿でなく、博物館なのではないかと疑ってしまうほどだ。まず始めに惣永さんは、主に田沢湖を中心とした秋田県の古い絵はがきを見せてくれた。私が生まれる前の田沢湖の歴史について、惣永さんの思い出と共に細かく説明いただき、とても勉強になった。また、最近は植物の種の採集も始めたそうだ。ライオンゴロシという非常に鋭いトゲがついた種、モダマという大きな豆の木の種など、世界中から採集している。しかし、惣永さんのコレクションでもっとも注目すべきは、惣永さんが若いころから田沢湖へ訪れ採集した魚や昆虫、植物の化石である。それらは全て、リビングに積み上げられており、その膨大な数に圧倒された。惣永さんは目を輝かせながら1つ1つの化石について丁寧に、とても嬉しそうに説明してくれた。私は化石への興味はあまりないが、惣永さんが説明をしてくれている間、私は自分が民宿の取材に来ているということを忘れ、惣永さんの話を聞き入ってしまった。上記で説明したものに興味がある人はもちろん、興味があまりない人も非常に満足できること間違いなしである。
資料のファイリングも非常に丁寧だった
文字通り種々様々な「種」。手前に見える大きく連なっている種がモダマ
右下に見える刺々しい種がライオンゴロシ次から次へと出てくるコレクションに圧倒
化石は珍しい物から身近によく見る物まで様々あった
一つ一つの化石の名前や特徴、木の生態や分布を総合して調べるのが好きだという惣永さん
すべて化石のコレクションである
これまでの惣永さんの面白話は氷山の一角。あえてここに全てを書き記さないことにする。ぜひ自身で惣之助に訪れて、惣永さんの飽くなき探求心の結晶を存分に楽しんでほしい。最後に一言自信を持って言えるのは、惣之助で退屈することは絶対にない。
コラム:稲川拓実、岡田真一、長崎青空(国際教養大学)
*民宿惣之助の宿泊予約、またその他のお問合せはこちらのリンクからどうぞ。
千葉惣永さんと国際教養大学インターン生(左から:稲川、岡田、長崎)